自然に囲まれる環境を選んだ理由

「人を癒すには、自然の力を借りないと無理だ」。

そう思ったのは、2020年のパンデミックが起きたときでした。当時、私はまだ大学病院の白い巨塔の中にいました。オリンピック選手の診療中に、未確認のウイルス感染症が中国から始まったと聞かされました。なので、これから病院が感染症対策を行っていくかもしれないので、私が新設して半年ほどたったばかりのスポーツ診療外来はいったん閉じました。外来へは国体選手からアマチュア、プロ選手まで比較的元気な方が来院するので、最も最初に閉じられました。

日を追うごとに詳細が徐々に明らかになっていきました。しかし、現場にいる医師のみが得る情報は、随分と時差を伴い、一般に広がるものだと、その仕組みを実感しました。また、時差を伴った後、情報は歪められたり、全く違う形になることも経験しました。

ある時、院内で影の薄い存在だった老舗の先生がいました。彼は「教授になり損ねた人」「行く場所がないから、ずっとこの病院の目立たないポジションにいる。老害のような医者」と、周囲から陰口を叩かれていました。

老舗やベテラン、ロングセラーになったものにしか見えない世界があると私は思います。気鋭の新人も、短期で成長を遂げたインフルエンサーにも見えない世界があると思います。

その老先生がおっしゃいました。「このパンデミックのウイルスは、いつかインフルエンザや風邪みたいに、当たり前に使われると思うよ。いつ世間がそれに気づくかはわからないけど」。

先生がこのセリフを私におっしゃったのは2020年3月でした。この時、彼は私にこうも告げました。「今、君が約束されている教授ポジションなんて絶対あてにしちゃいけないよ。横槍って言ってね、いつどこからか飛んできて、そのポジションがなくなるかもしれないから、彼らの言う通り、コツコツ下から上がっていく方法はダメだよ。君のように優秀な人は、今からすぐに自分の道を切り開くべきだから、何でもいいから、自分で好きなようにできる仕事を見つけなさい」。

私は、日本発のPM&Rスポーツ診療科の先駆者となるべく、将来のポジションを約束されていました。しかし、年齢的に若すぎることから、経験年数を積んでほしい、そうでないと、周囲の先生たちに面目がつかないと、教授運営陣が皆口を揃えて言いました。そのため、私は日本で教授になるために従うしかないと、半ば諦めて従おうとしていました。

私は米国スタンフォード大学から帰国したばかりでした。しかも世界一価値のある推薦状を手に持ってです。米国スタンフォード大学の教授が、私の国内でのキャリアのために、大学病院長もしくは学校長に宛てた懇親の1枚の推薦状でした。内容は、「今すぐ彼女を教授にしたら、日本で初めて、かつ唯一スタンフォード大学PM&Rスポーツ診療科との単独契約をプレゼントする」という取引条件でした。

英語では「Read between the lines」という熟語があります。これは行間を読むという意味で、この手紙の意味わかってるやろなぁ?という、いわば交渉を突きつける内容でした。この推薦状は、もちろん学校長にも病院長にも教授にも渡しました。期待と不安が入り混じる私が目にした光景は次の通りです。

お三方の先生ともに、この手紙の意味が分からなかったのです。その英語で書かれた推薦状を翻訳しました。もちろん直訳です。そこに行間の意味は含まれません。ニュアンスというものが物事にはあります。京都にはお茶漬けを出したら帰宅してくださいという意味が含まれていると聞いたことがあります。京都の大学病院ならうまくいったのかななんて思いましたが、日本国内どこも、年齢が若いことをなぜかビハインドに取ります。

そういった状況で悩んでいたのを知っていたのか、その老害の先生がはっきりと教えてくれました。「あと20-30年待ってくれる?そしたら上から順番にいなくなるから」。「ぼくはもう、間に合わんけど、君の年齢ならなんとか範疇だろうね」

しかし、彼は続けてこうも言いました。「けれども、待つために、君の人生を無駄にするのはもったいない。社会の損失なんだよ。君が助けられる人を今すぐ助けてあげる方法を考えてね。君には素晴らしい時代が待っているよ」と。

彼の言葉が背中を押し、まるで重荷が降りたように感じました。その瞬間、”仮想教授”へのレールから降り、自由を手に入れた気がしました。

単独、日本の離島へ移住しました。離島で生活をしてみて分かったことがあります。生活の舞台が自然の中だと、制限がないことです。仕事で関わる方もオンラインだと世界中の場所も人種も問わず無制限です。

食物連鎖というものがあります。例えば、小さなアリが葉っぱを食べ、アリを食べる小さな鳥が存在し、その鳥を食べる大きな猛禽類がいるというように、自然界には食物連鎖が成立しています。ですが、人間の上がいないんですよね。今現在、この地球上では。なので、人間同士では本来話が噛み合いません。人間より上位の存在が必要です。今のところ宇宙人はいないので(笑)、私は自然豊かな環境に身を置く選択をしました。

そんな中でこそ、生まれた発想が、人を癒すには自然の力を借りないといけないということ。本来、人間が人間を直す(治す)なんて、おこがましいことです。同じ立場の者だからです。

それが当院が自然に囲まれる環境を選んだ理由です。

ちなみにですが、当院の施設は建築関係の受賞作品でもあります。まるで現代版のお寺のようだと言われます。心身ともに故郷に帰るような、お寺で身を清めるような、それぞれの楽しみ方で、当院をお楽しみください。

当院の周囲の環境:建築士ドローンでの撮影にて

前へ
前へ

ポキポキ音を鳴らす施術「スラスト法」は警告されています

次へ
次へ

健康のためにお金をかけられない民族の中で